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地震

大きな地震がいつかくる、、、そう言われて、チビたちのために防災用具を集めていましたがそれが役に立つ日がくるとは本当に思っていませんでした。

あの地震の日、新木場の職場もかなり事務所まわりでまた、周辺で液状化し道路はひび割れ段差ができたり穴があいたりと影響を受けました。

鉄道は動かなくなり、私は自宅に帰れず帰宅難民となり事務所で一夜を明かしました。男子職員は防災業務に従事し連絡を取り合うものの官携帯などでもなかなか通じずで皆必死でした。

また、自分達の仕事仲間が東北にも大勢いて、管轄が港湾・空港部門なため大体の事務所が海の間近にあります。

八戸にいる同期、仙台にいる仲間、石巻・釜石の事務所心配でなりませんでした

まだ、連絡の取れない職員もいるそうです。釜石・石巻は完全に事務所が流されめちゃくちゃ。

関東でも常陸那珂の事務所も被災をうけ、事務所は使えなくなったようです。

事務所がなくなっても、無事だった職員は恐らく防災業務に従事し寝る時間もないくらい忙しく働いているかと思います。

同期は無事でした、、ホッとしたところに、採用当時自分の課の課長だった方がこの地震で被災し亡くなってしまいました。すでに退官され自宅で暮らされていたと思います。

物静かで、優しく、新人の私を見守ってくれた方でした。面接し採用していただかなけれれば、今の私はこの職場に存在することは出来きません。

どうか、他の方は無事でいてほしいと祈るばかりです

原発で現場で働いている方には本当に感謝します。国際的な専門家部隊の本格的な出動に期待せずにはいられません。

計画停電では鳩ヶ谷エリアも停電になる時間帯があり、信号機がつかない中、保育園に車で迎えに行ったり、ご飯食べてる途中に真っ暗になったり、懐中電灯をつけながらお風呂はいったり、今まで経験したことない生活が始まりました。ガソリン不足だったため急遽旦那に3人乗り自転車を買っていただき、自転車でも迎えに行くこともありました。

10年ほど前、職場の職員でウクライナの日本大使館へ出向する方がいてウクライナといえばチェルノブイリ近いけど大丈夫なの?と話をした記憶がありますが、まさか自分の近くで 放射能大丈夫なの?という心配をすることになるとは思っていませんでした。

原発の怖さは話を聞いてはいたものの、自分の生活に影響を及ぼすようなことがなかったので色々と考えさせられるものがあります。

数年前から、地に足が着いた暮らしに憧れるようになりましたが今はそれをしなければいけないと、自然エネルギーを最大限利用できるような暮らしを取り入れなければ脱原発は出来ない、自分に出来ることは何だろうと毎日考えています。

また、海外から心配メールをいただきありがたく思いました

今まで、スマトラ沖地震、パキスタン地震、ニュージランド地震で大丈夫?元気でいるかな?と心配していた自分が心配される立場に今回なってしまいました。情報が少ない海外で悲惨な映像しかニュースでは流されないため、日本全体が津波・地震でやられたと思ってメールを下さいました。

自分は何故生き残ったのだろうと考える方も沢山いるかと思いますが、自分もそのうちの1人です。

ヨーガの教え、師匠が今この時間生きてる瞬間に感謝をすることが大事と教わりましたが、

今は日々を大切に感じ、チビたちとの過ごす瞬間瞬間をかみ締めている自分は確実に今までとは違う自分だと思います。が、しかし 現実的には仕事が忙しくチビ達とはずっと一緒にいることが出来なくて、歯がゆい気持ちでいっぱいです。

東京23区 江東区は計画停電エリア外なので 回りは地震の影響で道路はひび割れたり穴が開いたまま、また液状化で出てきたドロが乾き砂埃になってるし、たまに断水しますが、業務に支障がないので普通に仕事してます・・・・

東北応援業務もありますので、一日も早い復興のために力添えが出来るよう自分の出来ることをやっていきたいと思っています。

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